Close-by, Yet far Off -Remembering Leslie Cheung---part 6

続き

床に落ちた1つのチョコレート...

わたしはある週末にゴールデンハーベストのジャッキー・チェンのオフィスに、インタビューするために行った。彼のオフィスにはバレンタインデーのプレゼントとしてファンから送られた大きい箱や小さい箱のチョコレートがストックされていた。インタビューも終わりに近づくと、彼はプレゼントにチョコレートの箱をくれた。それはわたしのカバンに入れるには余りにも大きな箱だったので、手に持った。

わたしは次にTVBの勁歌金曲賞のリハーサルを見に行った。わたしがレスリーとおしゃべりをしていた時、アニタ・ムイはステージで彼女の歌「Bad Girl」のリハーサルをしていた。音楽はわたし達の声をかき消していたので、会話をするために、わたし達はもっと近くに寄らなければならなかった。ちょうどわたしが体を動かした時、わたしの膝に載せていたチョコレートが床に落ちた。個々に包装されているチョコレートがばらばらに散らばってしまった。レスリーとわたしはともにチョコレートを拾うために屈んだ。拾い上げた最後のチョコレートをつまんでレスリーは「僕に1つ頂戴、いいよね?」と言った。彼は包み紙を取って、それを食べた。このうっかりしてしまった恥ずかしいエピソードを、楽しいムードにしてくれた。それから何事もなかったように会話を続けた。レスリーはいつも彼なりのやり方で温かく、楽しい関係を作ってくれる。

わたしは「狼たちの絆」のセットに彼を訪ねた。 その日はミッドレベルのどこかでの撮影で、チョウ・ユンファもそこにいた。ユンファもまたナイス・ガイだ。彼はわたしがそこにインタビューをしに来たと思った。そこでわたしに話しかけてきた。 本当はわたしはレスリーのために来たのだったが。

「あなたは俳優のキャリアを手放してしまうことを後悔しませんか?」とわたしは尋ねた。彼は「僕は映画を作るのは大好きだ。僕は溥儀(訳者注:映画「ラスト・エンペラー」)の役を見た時に引退する気持ちを変えようかと言う気持ちになっていた。中国には多くの才能がある。でもジョン・ローンにはそれがどのくらいあるの?」
「狼たちの絆」は彼の最後の映画だった。わたしは次にわたし達が会うのは彼が引退したバンクーバーだと思っていた。でも期せずして、わたし達は再び北京で会った。

1992年、3月、北京は凍る寒さで、吐く息が白くなった。レスリーは映画「さらば、わが愛 覇王別姫」の準備をしていた。ジョン・ローンもこの役も強く希望していたが、陳凱歌(監督)の選んだのはレスリーだった。レスリーは映画の前は京劇については何も知らなかった。その為彼は特別に時間を取って地元のプロの役者から基本を学ぶ努力をしていた。監督は彼の吹き替えを用意していた。しかし、レスリーは彼自身で京劇の演技をすることを主張した。わたし達は食事を一緒に取った。家に戻る時、彼は時間を無駄にせず、歌や指の動きの練習をしていた。「僕は決して自分が決めたことに対して、自分に失望したくないんだ。僕はここ北京に最初に来た時、とてもストレスの多い時間を過ごしたよ。」と彼は言った。彼の努力は結局報われた。映画は好意的なレビューを受け、この映画の彼の役(蝶衣)で、外国映画のための日本映画批評家大賞主演男優賞を受賞した。

続く
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by Franny64 | 2010-05-20 00:11 | Magazine | Trackback | Comments(0)

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