An autobiography by Leslie (1985) Commercial Radio  Chapter 6

続き レスリー自身が語る自叙伝 香港コマーシャルラジオインタビュー 

6章 ショービジネスに入る

「檸檬可樂」の撮影での忘れられない経験








コンサートツアーから香港に戻った後、僕は香港の映画産業が活気づいてきたことに気がついた。
数社の映画会社が彼らの映画に出演するように僕に言ってきた。
彼らの会社はそれほど大きな会社ではなかったけれど、僕が好きなことをする機会が得られた。
その時、僕が出演した映画はショー・ブラザースの「檸檬可樂」と、羅維映画会社の「衝撃・21」、そして後には「烈火青春」「鼓手」「第一次」などだった。
でもこれらの映画の中で、楽しい思い出があるのは「檸檬可樂」だった。なぜなら、それは香港の青春映画で初めて興業成績が500万香港ドルを超えたものだったから。

僕にとってそれは励みになったが、映画会社からはそのような評価はなかった。少なくても、僕に祝福や奨励の言葉もなかった。
僕は「檸檬可樂」が作られた時、撮影のためにマカオに行かなければならなかった。でも、このプロダクション会社は僕をひどく扱った。僕は照明スタッフと一緒の部屋になると言われた。
基本的に僕はそういうことは気にしない。海外に映画を撮りに行かなければならない時は、そういうことにこだわることはなかったから。
でも僕は、彼らはかなりひどいと感じた。彼らは少額のお金で、彼らが好きなように、僕に対して何でもさせられると思っていた。そこで僕は自分で部屋を借りた。
歌に関しても、僕は誰かに歌詞を書いてもらうように試みた。しかし、彼らはそれが余りにも高価であると拒否をした。彼らが僕にしたことは、渉外課に誰かを頼んで、歌詞について僕の手伝いをするようにとただ言っただけだった。

僕がよく覚えている他の映画は「鼓手」だ。

続く
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by Franny64 | 2010-02-05 00:39 | His History | Trackback | Comments(0)

レスリー・チャン(張國榮)に関するmy memoir 


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