Years of being obscure -part 2
最後のことが先に

「欲望の翼」は1960年香港で始まる。気軽に女性を誘惑する身だしなみの良い若い男、彷徨うヨディ(レスリー・チャン)の後を、明らかにけばけばしいルル(カリーナ・ラウ)と世間知らずのリーチェン(マギー・チャン)が追う。ヨディは叔母と住みながら、なぜ、彼の母は彼を捨てたのだろうと思っている。彼は母がフィリピンに住んでいるのを見つけるが、彼女と会うことはできなかった。
マニラでのクライマックスで、ヨディは船乗り(アンディ・ラウ)と会い、地元の暴力団には戦いを吹っ掛ける。2人の男たちは列車に飛び乗って逃れる。偶然にも船乗りはリーチェンに惹かれていた、かつて香港警察に勤めていた男だった。列車の中でヨディは仕返しに暴力団に撃たれる。
映画はルルとリーチェン、そしてー大きな謎のー貧相なアパートに住み、爪にやすりをかけて、髪をとかし、ハンカチとタバコを身につけ、夜の街に繰り出そうとする洒落た若い男性のシーンを続けて登場させ、結末にする。彼は何も話さず、それまで一度も映画には登場していない。それは現在の映画の中で最も果敢なストーリー戦略だった。また、それは多くの批評を引き起こした。
最終的な結末の違いは列車に始まる。インターナショナル版では、列車から見る風景のショットが警官のハイアングルのショットに続く。


ヨディが撃たれて死んでからなので、これは小さな回想を構成する。警官のナレーションに変わる。「僕が彼を見た最後の時、僕は彼に尋ねた。」(いつものように、ウォン・カーワイの作品ではわたし達は誰が話しているのか知る方法がない。これは内面のモノローグ、見えないキャラクターの報告、またはただ自分自身の気持ちを観客に語っているだけなのか)
2分ちょっと、カメラはただ警官だけを映し出す。彼はヨディがある時間に何をしたか覚えているかどうかを尋ねる。ヨディはすぐに彼が警官がリーチェンと出逢ったことを理解する。そして、オフスクリーンで、彼女とその警官の関係を尋ね、彼女に彼、ヨディは彼女について何も覚えていないと言ってほしいと頼む。警官はリーチェンが彼のことを覚えてすらいないかもしれないことを心配する。
やり取りはシートの向かいに座っているヨディの無言のシーンで終わる。目はかろうじて開かれ、オーケストラバージョンの「Perfidia」が流れる。シーンは列車のかなり長いショットで終わる。
この曲は以前、警官が夜周りをしていた時に、リーチェンと出会った時に聴こえたものだ。そこでこの(曲の)繰り返しは警官の彼女への憧れを思い起こさせる。


別のバージョンでは全体的な状況はそれほど変えていない。しかし、それは異なる強調部分を示している。
列車と列車の間のショットの後、フレームの中心を外れた警官のロングショットがある。そこには、「僕が彼を見た最後の時、僕は彼に尋ねた。」というナレーションが入る。ヨディのクローズアップシーンがカットされ、代わりに警官のシーンが入る。彼は2分ほど話し、そして警官のリアクションはオフスクリーンになる。


この時点で、わたしが言えることは会話は同じであるということ。実際のところ、実際のシーンと、相対するシーンが2つの映画での間では交換されている! そして、ヨディのシーンを持ってくるか、警官のリアクションを持ってくる代わりに、ウォンはただ、わたし達に2人の男が向かい合うシーンを見せた。これは先に有名なシーンで、音楽のない、緑がかった青色の葉の木々の中を通り抜けるとても独特な列車のシーンに続いている。


インターナショナル版は、ヨディに挑戦し、また彼自身の境遇についても間接的に熟考している警官を強調している。その為、恐らく「Perfidia」のテーマは彼と関連づけられていたのだろう。
別のバージョンではわたし達がずっとヨディにフォーカスされるようになっている。わたし達の最終的な注目はヨディに。それはツーショットの前に2人の男性を同格にし、恐らく、彼らの思い出も同様に思い起こさせるためかもしれない。
続く














