セミナー ゲストスピーカー賈思樂さん

香港電影資料館で「衝激・21」と見た後、セミナーがありました。
広東語で、英語の通訳なしということでしたが、参加してきました。時々英語が混じり、何となくわかるような気がするところもありましたが。
そのセミナーの内容を香港の友達が英語に訳してくれましたので、邦訳しておきます。
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ゲストスピーカーは賈思樂(英語名 ルイ・カストロ Louis Castro)さんです。レスリーとは「衝激・21」で共演しています。


映画「衝激・21」では、ロマーノと呼ばれるファッションブランドから衣装が提供されました。ロマーノのオーナー(マネージャー)はレスリーのファンでした。レスリーは、自分だけでなく、ルイ・カストロとポール・チョンのために、服を提供してくれるように頼んでくれました。

「衝激・21」の前に、ルイはレスリーと仕事をしたことがありました。短編ドラマ「獅子山下」です。撮影は7日間だったので、それほど親しくはなりませんでした。

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「衝激・21」を撮影した後、二人は共通点が多かったので良い友達になりました。 二人とも見た目にこだわり、美味しい食べ物を愛していました。

二人ともリージェントホテル(現インターコンチネンタルホテル)に出かけることが大好きでした。お互いにベンツ車を所有することを夢見ていました。
しかし、悲しいことに、ルイが最初のベンツを買ったとき、レスリーはもう亡くなっていました。ルイはホテルまで運転し、車をホテルの横に停めて言いました。「レスリー、僕はついに夢を叶えたよ」

セミナーの司会者は、ルイとレスリーには共通点があると言いました。二人とも歌唱コンテストに出て、芸能界に入り、二人とも英語の歌を歌ったのです。

レスリーは、ACホールで、ステージに登場したときに多くの人が出ていったという話をかつてしていました。でも、レスリーはそれを当然とは思うことはしませんでした。レスリーの精神は、自分を大切にし、そして決して諦めないことだったからです。

ルイはその後、彼の人生、台湾での彼のキャリア、そして彼が母親の死のためにうつ病に苦しんでいたことについて話しました(彼が台湾にいた時)

レスリーとTV番組EYT(1980年代)で会った時、ルイはレスリーの美貌と服がかっこいいことを褒めました。するとレスリーは すぐに自分のスカーフをとって、それをルイにプレゼントしてくれました。ルイはまだそのスカーフを持っています。
3年前、ロウナのコンサート(彼の親友)に出演したとき、彼はステージでスカーフをつけて「當年情」を歌いました。

ルイは、レスリーは中国のジェームス・ディーンだと言いました。レスリーはとても優しい人で、とても寛大な人だと言いました。







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by Franny64 | 2018-05-07 14:21 | Film | Trackback | Comments(0)

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